2017年4月7日金曜日

「出稼ぎワーホリ」政策に異変!:2017「タックス・リターン」

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東洋経済オンライン 2017年04月07日 海野 麻実 :フリージャーナリスト
http://toyokeizai.net/articles/-/166615

「出稼ぎ日本人」も無縁じゃない豪州のひずみ
増税をめぐる混乱の陰でグレーな雇用が横行

 日本から飛行機で7~9時間。
 南半球に位置するオーストラリアは、日本の約21倍という広大な国土を有し、日本とは四季が正反対ながら1年を通して比較的温暖な気候に恵まれるエリアも多い。
 治安・衛生面もよく、お洒落なカフェ文化や真っ青なビーチ、豊かな土壌から生まれる高品質のワインなど、魅力あふれる人気の国だ。
 英語を学ぶためにオーストラリアへ留学する日本人の若者も少なくない。

■一攫千金!?「出稼ぎワーホリ」とは

 そんなオーストラリアで、そうした日本の若者をも巻き込む社会的な問題が起きている。
 キーワードは、「出稼ぎワーホリ」。
 耳慣れない言葉だが、海外で働きながら休暇を過ごすワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアに向かう若者たちの間で、ひそかに使われている。
 異文化体験もさることながら、賃金水準の高いオーストラリアで稼ぐことができるという、一石二鳥の夢のような暮らしを表現した造語だという。

 インターネット上では、「一攫千金!」「ワーホリしながら貯金」などの言葉が躍り、オーストラリアでのワーホリでいかに稼ぐか、経験者たちが懇切丁寧に紹介するブログなどが多数見受けられる。
 時給30豪ドル(日本円で2500円強)以上の高給で働ける職場もあり、その魅力は万国共通のようで、日本だけではなくヨーロッパ各国からも、オーストラリアのワーホリでオイシイ体験をしようと、海を渡る若者たちは後を絶たない。

 この“出稼ぎワーホリ”をめぐるオーストラリアの問題が表面化し始めたのは、昨年、現地で連日メディアをにぎわせた政府の「ワーホリ税(=バックパッカー税)」の増税だ。
 オーストラリア政府は昨年、
 ワーホリ対象者を居住者として認めず、国内での就労による収入に対して32.5%という高い税率で「ワーホリ税」を課す計画を示した。

 ワーホリで訪れる外国人らを対象にした「ワーホリ税」はこれまで、居住者として年収1万8200豪ドル(約157万円)以下で申請した場合(※同じ場所に6カ月以上居住している証明が必要)、タックスリターン制度という税の払い戻しシステムでほぼ全額戻ってきていた。
 実質「非課税」に近い状態だったのだが、ここに重税が課される可能性が出てきたのだ。
 日本人のワーホリ滞在者に影響はあるのだろうか。
 現地で取材をすると、にわかにざわついた空気が流れているようだ。
 メルボルンにある飲食店でアルバイトをするA君(20代後半)。
 日本では料理人の修業をしていたというが、のんびりしたオーストラリアの雰囲気にほれ込み、ワーホリを選択した。
 「いやぁ~もし本当にこれでワーホリ税が32.5%なんてなったら、カナダにでも移ろうかと真剣に考えるワーホリ友達もいましたよ。
 みんなかなり話題にしていましたね」。
 色とりどりの野菜を器用にスライスしながら、人懐っこい笑顔を浮かべて話してくれた。
 つまり、最低賃金が高くとも、32.5%もの課税が戻ってこないのならば、日本でアルバイトをしているのと変わらない稼ぎとなる。
 そのため、ワーホリ大国・カナダや近隣のニュージーランドへの移住を検討し始める人が出始めたのだという。

■「出稼ぎワーホリ」政策に異変?

 これに猛反発したのがオーストラリアの農業や観光業界関係者だった。
 「ワーキングホリデー制度」は、表向き「各々の国・地域が、青少年に文化や一般的な生活様式を理解する機会を提供するため、一定期間の休暇を過ごす活動とその間の滞在費を補うための就労を相互に認める制度」と規定されている。
 ところが、実際は地方の産業や農業などの働き手不足を補う頼みの綱となっている。
 特に農業では、野菜や果物の収穫の繁忙期には、ワーホリの若者たちがいなければ成り立たないほど、貴重な労働力として頼っているのが現状だ。
 労働力全体の約4分の1をワーホリ滞在者に依存しているとするデータもある。

 ワーホリ税の増税は、オーストラリアのワーホリ滞在者がカナダやニュージーランドなどに流れてしまう懸念を生じさせた。
 これが関係者からの猛抗議につながったワケだ。
 オーストラリアのメディアも、ワーホリの若者たちが減った場合、
 「ブドウ畑ではブドウが腐り、ニンジンは収穫されないまま放置され、果物や野菜は箱詰めされることなく、市場に卸されることはないだろう」
などと、増税による国内産業への打撃を悲観的に報じた。

 その後、議会で迷走を続けたワーホリ税をめぐる議論は昨年暮れ、
 最終的に税率は当初の32.5%から「15%」に落ち着いた。

 だが、15%の増税が施行されて以降、すでにオーストラリアを渡航先に選択するワーホリ希望の若者たちの数は減り始めていると、オーストラリア各紙は次々に報じている。
 そもそも、オーストラリア政府がワーホリ税の増税に踏み切ったのは財政再建とともに、若年層の失業者保護などの狙いもあったのだが、関係者からの反対で、ワーホリ滞在者に頼ったいびつな産業構造が浮き彫りになる事態となった。

 さらに、政府の思惑とは別に、新たな問題が浮かび上がってきている。

■グレーな”キャッシュジョブ”の実態

 日本人の出稼ぎワーホリについて取材を続けたところ、総菜などを売るデリで働くB子さん(20代前半)と知り合った。
 B子さんは意外な言葉を口にした。
 「私は途中から違法な働き方に切り替えました。
 だからワーホリ税が高くなろうが関係ないんです。
 そもそも、給料は課税されないように現金手渡しでもらっていたので」。

 B子さんが口にした違法な働き方とは、課税を避けて記録が残らないよう、給料が現金手渡しで支給される雇用形態を指す。
 ワーホリの若者たちの間では「キャッシュジョブ(またはキャッシュ・ハンド・ジョブ)」と呼ばれており、テーブルの下で現金をこっそりやり取りするという揶揄から、通称「アンダー・ザ・テーブル」ともいうそうだ。
 正式な申告をせずに雇用関係を結び、給料が最低賃金を満たさないケースも少なくないという。

 反対に、最低賃金を守り、正式な雇用契約の下で年金などもきちんと保証される仕事は「ローカルジョブ」と呼ばれ、
 オーストラリア人の正規の雇用主に雇われるケースが多い。
 しかし、その場合はネーティブとほぼ変わらないレベルの英語力が求められることもあり、日本人を含むアジア系のワーホリの若者たちはグレーな「キャッシュジョブ」に就くケースが非常に多いという。
 現地の日本人に取材を進めていると、「キャッシュジョブ」をしているという若者に結構出会った。
 日本食レストランや中華料理店ではこの雇用形態を取っているケースが少なくないとされる。

 しかも、「キャッシュジョブ」では記録に残らないため税が天引きされないケースがあり、最低賃金以下の給料しか支給されなくとも、結果的には「ローカルジョブ」とさほど変わらない給料をもらうことが、場合によっては可能だといわれている。
 そのため、ワーホリ税の増税が可決されようが、そもそも税金とは関係のないグレーな雇用形態の下で働いているため、「ぶっちゃけ関係ありません」ということなのだ。

■ヨーロッパからの若者にも蔓延

 税を払わないアンダーグラウンドな雇用形態が蔓延しているのは、アジア系のワーホリ滞在者周辺ばかりではなかった。
 西海岸近郊にあるワイナリーが密集する人気エリアで、ワイナリー経営をしていたオーストラリア人経営者は、自らが醸造した琥珀色の赤ワインをグラスに注ぎながらこう明かした。
 「ブドウの収穫時期になるとこのあたりの農家は、主にヨーロッパから来たワーホリの若者を大勢雇うのだが、キャッシュジョブは少なくないのが実情さ。
 だって楽だろう、納税を気にせず現金で渡したほうが。
 それに、もし税を気に掛けていたら大量の書類を書かねばならないし、とても面倒なんだよ」

 すでに、ひそかに蔓延しているキャッシュジョブが、ワーホリ増税を機にさらに増加する可能性も指摘され始めている。
 今回、取材したワーホリ滞在の裏側にあるこのグレーな実態があるかぎり、税負担を増やしたところでどれほどの効果があるのかは、疑問を抱かざるをえない。

 ワーホリ制度が掲げる本来の目的が建前とならないよう、多文化主義を掲げるオーストラリアでたくさんの出会いと価値観に触れ「出稼ぎ目的」ではない、プライスレスの経験を得る若者が減らないことを願う。











● NICHIGO PRESS 7月号






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